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東京高等裁判所 昭和48年(ネ)1572号 判決 1974年5月29日

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決中控訴人と被控訴人とに関する部分を取り消す。被控訴人は、控訴人に対し、一二八万六、〇〇〇円およびこれに対する昭和四四年五月一四日以降支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張および証拠関係は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示中控訴人と被控訴人とに関する部分と同一であるから、こゝにこれを引用する。

控訴代理人は、次のとおり述べた。

本件手形を取得するに際して、町有地の管理者、土木工事の担当者、出納責任者について、その原因行為の有無につき問い合わせる義務を負わせることは、地方公共団体と何らの関係のない者にとつて、それらの責任者、担当者が誰であるかを知ることは勿論、尋ねたとしてもそれらの者が書面等により回答してくれるかは極めて疑問であつて、難きを強いるものといわざるをえない。

しかも約束手形は無因証券であるから、手形面上の町長印が真正のものであることは確認されているのであり、振出というような手形の基本を作成するものでなく、真正に成立しているとみられる手形の裏書にすぎない本件においては、第三者である控訴人がこれを信用するのも責められないことであると思料する。

被控訴代理人は、次のとおり述べた。

一  地方公共団体の長の行為に民法第四四条第一項を適用するに際しては、同条にいう「其ノ職務ヲ行フニ付キ」ということに該当するかどうかを地方自治法の各法条(特に財務会計制度についてのそれ)に照らして厳密に検討されなければならない。本件においては、控訴人の請求の法的構成は、不法行為としてなされているが、控訴人は、本来約束手形を割引いて取引行為をなしたものである。従つて取引行為における控訴人の信頼に過失がなかつたかどうかという表見代理的構成によつて控訴人が救済される場合にのみ、不法行為的構成によつても救済されるという関係にあるものである。不法行為的構成をとつたから、「其ノ職務ヲ行フニ付キ」という要件を安易に肯定し、後は過失相殺を適用して、損害金額によつて補正をすればよいという考えをとるのは正当ではない。民法第四四条の解釈については、同法第七一五条についてと同じく、取引行為において相手方が悪意の場合、さらには重大な過失の場合においては、単に損害を過失相殺するだけではなく、その極限において取引における信頼に値しないものとして、責任そのものを否定することになるわけである。

二  地方公共団体の長が手形行為をなす一般的抽象的権限があることは承認されるとしても、本件においては、町長が町有地の売買代金の支払いのため約束手形の交付を受け、それを河川工事代金の支払方法として裏書交付したというものであり、一切の収入、支出を予算に計上して、現金によつて確実に収入しなければならない地方公共団体においては、全く法令上ありえないことである。

三  従つて本件手形の裏書が違法であることを控訴人が知つていたか、または重な過失により知らなかつた場合にあたり、控訴人の信頼を保護すべき場合には該当しないというべきである。

証拠(省略)

理由

一  当裁判所も、被控訴人に対する控訴人の本訴請求は、失当であると判断するものであつて、その理由は、次のとおり付加、訂正もしくは削除するほか、原判決理由の説示(原判決九枚目表四行目から一七枚目裏九行目まで、たゞし一三枚目表八行目から同裏七行目までおよび一四枚目表二、三行目を除く。)と同一であるから、こゝにこれを引用する。

(1)  原判決九枚目表一〇行目「原告」の前に「原審および当審における」を、同裏七行目「裏書をなし」の次に「て商業手形の体裁を整え、」を、一一枚目裏四行目「同趣旨の」の次に「同町長作成名義の」をそれぞれ加える。

(2)  原判決一四枚表四行目「次に」を「そこで」と訂正する。

(3)  原判決一四枚目表九行目「債務を負担する行為」の前に「歳出予算の金額等所定の金額を除くほか、」を、同末行「(同法第二一四条)、」の次に「支出負担行為は、法令又は予算の定めるところに従い、これをしなければならないこととされている(同法第二三二条の二)。」をそれぞれ加え、同行「さらに」から同裏二行目までを削る。

(4)  原判決一五枚目表一行目「がないとは断言できず、」を「を有するというべきであり、」と訂正し、同三行目冒頭に「五嶋が控訴人に手形の原因関係につき説明し、同趣旨の確認書を交付する等前記認定の事実関係のもとにおいては、」を加え、同四行目「考える余地があり、」を「いうべきであり、」と訂正する。

(5)  原判決一七枚目裏一行目末尾に「控訴人は、前記各担者について調査し、回答を貰うことは難きを強いるものであると主張するが、右調査はそれ程、困難なものであるとは考えられず、もし町の担当者が調査に応じないときに、あえてその手形を受領することこそ、手形受取人として手形の裏書の正当かどうかについて疑問を持つのが当然であるというべきであらう。」を加える。

(6)  原判決一七枚目裏三行目末尾「要求し」の次に「、訴外五嶋について本件手形が金谷町裏書のものかどうかを確め」を、同四行目冒頭「たのみで、」の次に「振出人と裏書人の代表者が同一人であることについて不審を抱いたにも拘らず、それ以上金谷町長として法令に定められた権限をもつて右手形の裏書をしたものであるか否かにつき何らの調査をすることなく、」をそれぞれ加える。

二  よつて原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、民事訴訟法第三八四条第一項第九五条第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

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